海 へ 行 こ う !




「海行こうぜ、海!」



ある夏の夜、俺はそう言った啓介さんに掻っ攫われた。








「…………で?本当に海に行くんすか?」

グラマラスなボディの中に押し込められた俺は、呆れたため息をつきながら隣を見る。
楽しそうに笑いながら銜え煙草で啓介さんがちらっとこっちに視線をよこす。

「当たり前よ。せっかくの夏休みなんだし、パーッと楽しまなくちゃあ」
「……………確かに俺も夏休みに入りましたけどね……」






明日から貴重な3日間の夏休み。その前日に、仕事を終えて事務所から出てきた俺を待っていたのはDのダブルドライバーの一人で密かに付き合っている恋人―――啓介さんだった。

「よっ、お疲れー」
「………何してるんですか」
「あ?もちろん姫のお迎えに」
「誰が姫だよ!」
「まぁまぁ。それよかさ、今から海に行こうぜ海に!お前、明日から休みって言ってたじゃん」
「はぁ?何ボケた事言ってんすか……親父にも何も言ってないのに」

鉄砲玉のような啓介さんに俺はふぅっとため息をつきつつ、家に向かって歩き出そうとしたのを啓介さんの手がグッと引き止める。

「だから言ってあるしさ」
「……………何を、ですか……」

まさか…とイヤな予感を感じつつ、じっと啓介さんを見ると。

「親父さんに。今夜からあさっての昼まで藤原をお借りしますって」
「なっ…………何を勝手な事言ってるんすかアンタはっ!」


強引な人だとは思ってたけど、ここまでやるとは思わなかった……
俺はがっくりと両膝に手をついて屈みこむ。


「………それで…親父は何て………」
「ん?まぁ、3日分の配達と交換にしてやらぁって言ってた♪で、休みだからってあまりはしゃぎすぎんなとも言ってたぜ」


…………語尾に音符マークつけて話している場合じゃないだろ………つうか、親父も何承諾してんだよっ!!普通なら止めるとこだろ、そこは!!


と、声に出してないつもりがいつの間にか出ていたらしくて、啓介さんは

「いや、前々から親父さんに『藤原が夏休みに入ったら海に行きたいんすよねー』とは言っておいてたんだよ」

とご丁寧に答えてくれた。…………はいそーですか。
何か最近、俺の知らないところでいやに二人が仲良くなってんな……とは思っていたけど、そこまで仲がいいなんて思わなかった。

「まっ、とりあえず乗った乗った。今から行くトコ、葉山にある俺の親父の別荘なんだけどさー。目の前がプライベートビーチだから、邪魔されずに遊べるぜ」

俺をFDに押し込み、運転席に乗り込んでベルトをつけながら楽しそうに話す啓介さんに、俺は何も言えずにただただため息をつくばかりだった。そして走り出してから俺は何も準備していない事に気がついて、啓介さんにその事を言うと、

「あ、とりあえずほとんど用意してあるぜ。親父さんから服は預かったけど水着は俺のあるし、下着は………夜はいらねぇしな」

そんな事をほざいてニヤニヤする啓介さんの横っつらを思い切り叩き、俺はとりあえず自宅に電話しようと携帯を取り出した。電話をかけながら、「痛ぇよ拓海〜っ」と喚く啓介さんの頭をもう一回叩き、黙らせて俺はもう何度目になるかわからないため息をまたついたのだった。





気がつけば俺はいつの間にか寝てしまっていたらしい。バタン、とドアが閉まる音に意識を浮上させて俺はゆっくりと目を覚ました。ぼんやりとフロントガラスを見ると、どうやらコンビニの駐車場らしい。俺はゴソっと動いてベルトを外し、軽く伸びをする。ふと、運転席に啓介さんの姿がいない事に気がついて、ドアを開けて車から降りた。
すると僅かに潮の香りがして後ろを振り向くと、道路の向こう側は明かりが一つもなく僅かにこんもりとした木々が見えるだけだ。そのまま耳を澄ましていると波の音が聞こえてくる。

「………海―――――

そう呟くと、背後から

「起きたのか、拓海」

と声が聞こえ、再び前を向くと小さいビニール袋を手にさげた啓介さんが近づいて来る。

「あ……はい。もう着いたんですか?」
「んー?そうだな、あと30分くらいで着くか………夜だし、思ったより早かったな」

そういうと啓介さんは袋から缶コーヒーを取り出して俺に渡してくれた。頭を下げると啓介さんは笑みを浮かべ、自分も袋からコーヒーと煙草を取り出す。

「もう、別荘は掃除してあるらしいから、着いたらシャワー浴びようぜ」
「…………誰が掃除してくれたんですか?」
「別荘の管理人。もう、俺らがそれこそガキん頃からずーっといる人でさ。今回も前もって行くって言ったら、掃除とかしといてくれたみたいだぜ」

さらりとそんな事を言う啓介さんに、俺ははぁ…と短く返事してコーヒーを飲む。

親の物とは言え、別荘とか管理人とか………本当に次元が違う。そんな金持ちならこの人に釣りあう女性がいくらでも引く手数多だろうに、何で俺なんだろう……。
そんな事を思って黙り込んだ俺の頭をぽんぽん叩き、啓介さんは「まだ眠いなら寝てていいからな?」と言って車に乗り込んだ。俺は黙って頷くしか出来なかった。


やがて別荘らしき建物に着いた俺達は荷物を持ってガレージに停めた車から降りた。啓介さんが鍵をカチャリと開けると、高崎の家と同じようにポーチに明かりが灯る。そのまま中に入ると、鍵を閉めた啓介さんが後ろから抱きついてきた。

「…………拓海……」

僅かに啓介さんの汗の匂いが鼻をくすぐり、俺はドキンっと胸を鳴らす。俺はこの人のこの匂いに弱かったりする。啓介さんはそれを知ってか知らずしてか、そのまま鼻を俺の首筋に擦りつけるようにするから、俺はますますドキドキして身を捩る。

「ちょ………啓介、さん……とりあえず中に…………」
「ん………なァ、一緒に風呂入ろうぜ……?」

少し甘ったれた声を出しながら啓介さんが首筋にキスを落とす。うんと言わないといつまでもこうして焦らされてしまうから、俺は小さく「………わかりました」と答えるしかない。すると啓介さんは嬉しそうに笑うと俺の手を握って、廊下に荷物を放ってそのままバスルームらしき場所へと連れて行った。
簡単にシャワーを浴び(本当は啓介さんはソコでしたかったらしいが、俺が浴びているうちに眠りそうになったのを見て諦めたらしい)、俺達は二階の客間へと向かった。啓介さんが窓を開けると、涼しい風と潮の香りが入り込んでくる。俺はそのまま二つあるベッドのうちの一つに倒れ込むと、あっと言う間に意識を手放して深い眠りに落ちていった。



眠りに落ちる寸前に頭を優しく撫でられながら「………明日はぜってぇ寝かせないからな」と囁かれたのは知らない振りをしておくことにしたけど。






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