こんなキスを、俺は知らない 3

部屋の中をまったく見れていたなかったので今さら気付いたのだが、風呂はなんとリッチなガラス張りで、部屋から丸見えのものだった。別に二人同時に浴室へ入ってしまえば、誰が覗いているわけでもないのだが、妙に恥ずかしい気持ちになる。
気後れしている拓海を無視して、啓介はさっさとシャワーの湯を出し、二人分の精液を洗い流している。

「ほれ」

啓介の番が終わったのか、湯が出っぱなしのシャワーヘッドが差し出される。拓海は反射的に受け取ると、少しもじもじしながら自分も汚れを洗い流した。
その間、啓介は浴槽のあたりで何やらごそごそしている。

「何やってんすか」
「いや、泡風呂の入浴剤あったから、後で入ろうかと思って」

浴槽の栓をして、湯を張る準備をしているらしい。
そんな仲良しのカップルみたいなことを、自分たちがするのだろうか。まったく想像がつかなくて、拓海はぼんやり首をかしげた。

「よし! 藤原、行くぞ!」
「うわ、ちょっ!」

準備ができたのか、啓介が勝手にシャワーを止めて、拓海を引っ張り出す。
脱衣所に出るなり乱暴にバスタオルを投げられて、拓海はしょうがなく身体を拭いた。

それからまた啓介に引きずられ、勢いよく二人同時にベッドに飛び込む。
拓海がびっくりしている間に、啓介はすでに上から圧し掛かって来ていて、覆いかぶさられる形になっていた。
にこにこしている顔に見下ろされ、拓海はどぎまぎしてしまう。

「できるだけ、優しくすっからな」
「よ…よろしくお願いします…」

消え入るような声で言うと、笑われた。
正直、さっきまでの興奮が一旦おさまってしまった今、こうして改めて行為を進めるのは怖かった。だって今まで自分ですら触れたことのない場所に、啓介のあれを入れようと言うのだから。
もし今、啓介が「やっぱやめとく?」と聞いてくれたら、間違いなく「そうします」と答えるだろう。FDでキスをして、啓介を誘っていたときの勢いはどこへやら。情けないが、今さら怖い気持ちが拭えない。
その様子を察したのか、啓介がそっと、優しいキスを送ってきた。

「……ん」

その唇があたたかく、拓海はバカみたい肩の力が抜けていくのを感じた。単純にも程があるが、とても安心したのだ。
すぐに深くなっていくキスは、さっきFDの中で交わしたのと同じ。それだけでとろけてしまうような、官能的なものだった。
啓介の舌が唇を撫で、歯列をさすり、歯の裏側をくすぐる。ゆっくり、ねっとりと口腔内を這いまわり、拓海の舌へ辿り着くと、やんわり先端を舐められた。
そのもったいぶるような刺激が、いちいち身体を震わせる。誘われるように啓介の口内へと舌を挿し込むと、ちゅうっと軽く吸われた。

「ふぅっ…!」

眉間にしわを寄せ、ぎゅっと目を閉じる。
たかがキスだというのに、拓海の雄は、すでに天を突くほど硬くなっている。これから先の行為が怖いという思いもがらがらと崩れ落ち、今はもう、早く続きをして欲しいほどに興奮していた。

「…っはぁ…けいすけさん……」

急かそうと思い、拓海は啓介の性器に手で触れた。するとそこにも、自分と同じように興奮している硬さを感じる。
自分が感じているのと同じような快感を、この人も感じているんだろうか。触れ合う温度が、気持ちが、シンクロしている。そう考えると、とてもこそばゆく感じた。

「…あんま、触んなよ…ガマンできなくなったら、やばいだろ」

困ったように言われて、拓海は反射的に手を離した。しかし啓介は、それはそれでもったいなさそうな顔をする。

「まー、今もうすでに、やばいけど」

優しくするって言ったからな、と言って、啓介がベッドヘッドの棚から何かを取り出す。それは小さなアルミのような袋で、表になんとかローションと書いてあるのが見えた。
啓介が袋を開けて傾けると、とろりとした液体が流れ出す。

「ひゃっ!?」

啓介は指先に垂らしていたのだが、こぼれてしまった液体が、ちょうど拓海の胸の突起部分に落ちた。突然の冷たい感触に声を上げると、啓介が一瞬きょとんとしてから、にやりと笑った。

「感じた?」

いたずらっぽく聞かれ、言い返そうとしたのだが、できなかった。
啓介の濡れた指が、ぬるりと胸の飾りを撫でたのだ。

「っ…!!」

性器を撫でられるぐらい、かなりダイレクトな快感が全身を走る。そんなところで感じるなんて、思ってもみなかったのに。

「ぁっ……ゃ、……んんっ…」

油断すれば変な声を上げてしまいそうで、拓海は唇を噛みしめる。するとすかさず啓介がキスをしてきた。

「ん、ん…んんっ…!」

口を塞がれていても、鼻を抜ける情けない声が止まらない。まさか啓介の唇を噛むわけにもいかず、拓海は悶えるようにもぞもぞと身体をひねらせた。
啓介のもう片方の手が、反対側の胸を触り始める。ピンと爪ではじかれたり、ぎゅっと握られたり。かと思えば反対は、そろりと撫でられたり、優しくこねられたり。左右同時に、違った快感を与えられて、拓海は頭がおかしくなりそうだった。

「啓介さ…もう、そこ、やめ……」

顔をそむけてキスを避けながら、拓海は力なく言った。すると離れた啓介の唇が、あろうことか胸の先端を吸い上げた。

「んあっ!」

大きく声を上げ、拓海は慌てて自分の口を手で塞ぐ。しかし、その手は啓介の両手でベッドに縫い付けられてしまった。
その間も、啓介の舌は拓海の胸の突起を舐めたり吸ったりかじったり。

「ふっ…ぅ……ん、ぅ……」

拓海の性器が、先走りの液で濡れ始める。そんなに気持ちいいのか、と啓介は愉快になってきて、ますますいじめてやりたくなった。

「けぇ、すけ…さぁ…」

懇願するような拓海の声に、がぜん興奮してくる。しかしこうなるとすぐにでも突っ込みたい気分になってきて、啓介は仕方なく、唇を離した。

「あんまりやってっと、藤原の声だけで、こっちがイキそう」

はあはあ言っている拓海を眺めながら、啓介が困ったように言う。
そして残りのローションを手指の中に垂らすと、やっと本命の部分へと手を伸ばした。

「…っ……!」

濡れた指が拓海の尻の割れ目に触れたとき、目に見えて拓海の身体が硬直した。それをキスで宥めながら、啓介はゆっくりと指を奥へ進めていく。

「うっ…」

拓海の口から苦しそうなうめき声が漏れ、啓介はぴたりと指を止める。

「痛いか?」
「いた…いし…なんか、気持ち悪い…」

体内に、確実に啓介の指がある。それを感じながら、拓海はなんとか深呼吸を繰り返した。

「ゆっくり…中、に…」
「お、おう」

拓海の指示通り、啓介はゆっくりと指を引き入れていく。しかしそこは想像以上に狭く、指一本すら、なかなか招き入れてくれない。
とりあえず挿入できるところまでを行ったり来たりさせながら、ときどきくるくるとやんわりかき混ぜてやる。すると心なしか、だんだん中がほぐれて来たような気がした。

「力、抜いてろ」

まだ緊張している拓海の身体のあちこちに、労わるようにキスをする。くすぐったいのか、拓海がぴくりと反応を示すたび、指を締め付ける力が弱まるようだった。
それをいいことに指を奥まで突っ込むと、やっと根元まで入りきった。

「う…」
「あ、ごめ、しんどいか?」

拓海に聞くと、ふるふるとかぶりを振った。

「そん…なには…」

額に汗を浮かせている姿を見ると、あまり大丈夫そうでもなかったが、啓介は拓海の言葉を信じ、指を一本増やしてみる。

「んっ…」

二本目の指が通るとき、途中で拓海が甘ったるい声を上げた。啓介は「お」と言いながら、そこを探る。

「あ…んっ…え、え?」

拓海は混乱したように、啓介の肩に縋りついた。

「ここ、感じる?」
「んっ! ぁあっ…」

そこを触ると、明らかに拓海の反応が変わる。ここがいわゆる前立腺か、と啓介はその位置を徹底的に頭と体に叩き込んだ。

「あっ、あぁっ! ん、んっ、や、めぇっ…! やっ、そ、こ…やぁ、です……けぇ、すけさぁ…ん…」

みるみる乱れていく拓海の姿に、啓介はごくりと生唾を飲んだ。これが本当に、あの、藤原拓海だろうか。夜の峠を空でも飛ぶような速さで駆け抜ける、あの秋名のハチロクなのか。
あまりのギャップと征服感に、啓介の自身は限界まで張り詰めてしまった。

「……だめだ、挿れてぇ…」

切実な願いを言葉にして、するっと指を抜く。拓海をじっと見つめ、啓介は目だけで興奮を訴えた。
すると、拓海が、こくりと頷く。

「挿れて…ください…」

まさかそんな言葉まで言ってくれるとは思わず、啓介の興奮は本日最高潮に達した。しかしここで焦っては、拓海の身体を傷つけてしまう。
啓介は一度深呼吸して、なんとか自分を静め、ゆっくりと拓海に自身を宛がった。

「できるだけ、頑張るけど……無茶なことしたら、ゴメンな…」

自信なさげに啓介が言うと、拓海は意外にも、ふわりと笑った。
啓介がそんなに優しく、自分を気遣ってくれることが、嬉しかったのだ。だったら自分も精いっぱい、この人に尽くそうと思った。
ゆっくりと、啓介の熱が体内に入り込んで来る。それは指とはかけ離れた大きさで、吐きそうなほどの圧迫感が拓海を襲った。

「っ……ぅ…」

心配させないように、声をあげないようにとする拓海の様子を見て、啓介は胸がぎゅっと痛くなった。
こんなことをされているのに、男に尻の穴に突っ込まれているのに、なんでそんなに頑張るんだろう。どうしてそれだけ痛そうなのに、こんな、幸せそうな顔をしているんだろう。
愛されているんだ、と、心底思った。

「藤原…」

啓介自身も締め付けられ過ぎて痛いくらいだったが、それでも無理やり腰を押し進めていく。拓海は本当に吐きそうになって口を押さえたが、それでも啓介は強引に入って来る。
やがて啓介の動きがぴたりと止まり、拓海はなんとか吐き気を逃がして、深く息を吐いた。
ふと啓介の顔を見上げると、なぜか、泣きそうな顔をしていた。

「啓介さん…?」

心配になって呼び掛けると、苦笑いが返ってくる。

「……全部、入った」
「え?」

苦しいのを我慢してばかりで、そのことに全く気が付いていなかった拓海は、目を見開いた。ということは、これ以上の圧迫感はもうないということか。そう思うと、途端にほっとして、力が抜ける。
啓介はすぐに動こうとはせず、じっと拓海の中で体温を感じていた。

「……藤原」
「…はい?」
「俺のこと好きだっつってくれて…ほんとにありがとう」
「………へ?」

突然の可愛らしい礼に、拓海は困惑した。

「俺やっぱり、藤原のことが好きだったんだ。ほんとは、きっとずっとこうしたかった。でも、意気地がなくてさ……藤原の一言がなかったら、こんなことにはなってなかったと思う」

だから、と言って、啓介は鼻をすすった。

「俺、今、すげぇ幸せ。こんな気持ちになったの、初めてだ」
「……」
「こんな気持ちいいセックスも、それだけでイッちまいそうなキスも、全部」

啓介が、ひまわりが咲くように、にこっと笑う。しかし同時に、啓介の目からは、ぽろりと涙がこぼれた。
いつだったか、俺は繊細なんだよ、と啓介が言っていたのを思い出す。もしかしたら啓介は、自分以上にたくさんのことを考え、悩み、感じていたのかもしれない。

「啓介さん…」

何と言って声をかけたらいいのか、言葉を探していると、啓介がおもむろに腰を揺らし始めた。

「んっ…」

ゆるゆると抽挿を繰り返されるが、意外にも、さほど苦しくはなかった。長い時間慣らされていたからか、まるで内壁が啓介の形通りに姿を変えたかのような、妙な一体感。
こんな身体でも、繋がりあえることができるんだ、と。啓介の涙を見て、拓海まで泣きそうになってきた。

「…啓介さん…」

鼻声で呼ぶと、啓介が動きを止める。

「俺も…すげー幸せです」

泣き笑いだったかも知れないが、拓海は、今自分にできる限りの笑顔を浮かべた。
すると、啓介からキスが降ってくる。

「ん…ん、んっ! んんっ!!」

キスをしながら、啓介はいきなり腰を強く穿ち始めた。
痛さの中に、ときどき驚くような快感がある。結局、どちらを追いかけてよいかわからないまま、

「わりっ…も、だめだ……」

拓海の体内に、熱いものが迸った。

大きな身体が、ぐったりと倒れてくる。苦しいくらいの重みと汗ばんだ身体を受け止めながら、拓海はうっとりと目を閉じた。
違うリズムで息をし、肩が動くのに、繋がったままのその部分は、全く同じ脈動をしている気がする。
拓海が満ち足りた気持ちでほうっと息をつくと、拓海の中で、啓介がぐんと大きさを増した。

「えっ」
「…わりぃ」

バツが悪そうに、啓介が耳元でささやく。

「今の藤原の吐息聞いたら、元気になっちまった」

拓海が目をぱちくりさせていると、啓介が再び上半身を起こし、数分前と同じ体勢に入る。

「せっかく時間かけて挿れたんだから、もう一回くらいはしとかねーと、もったいなくね?」

よくわからない理屈をつけて、啓介は返事も聞かずに動き始めた。

「あっ…!」
「今度は、すっげぇ気持ちよくしてやるからさ」

啓介のその言葉通り、拓海は酸欠になりそうなほど喘がされ、何度もイカされることになった。




その後。話していた通り、泡風呂に入ることになったのだが。

「うわっ、お湯ぬるくなってんじゃないですか!」

何も考えずに足を付けた拓海が、啓介に文句を言った。それもそのはず、お湯を張ったときからは、もうずいぶん時間が経っている。

「だいたい、全然泡立ってませんけど」
「ばーか。見てろって」

啓介が得意げに言って、浴槽の近くにあるボタンを押す。すると、ぶくぶくと音を立てて浴槽の湯が泡立ち始めた。

「わっ、これ、ジャグジーってやつですか?」
「そうそう」
「へー」
「何? 藤原んち、ジャグジー付いてねぇの?」
「はあ? 付いてるわけないじゃないで……えっ、啓介さんち、付いてんですか!?」
「標準装備だろ?」

あまりのセレブっぷりに呆れかえっていると、「今度一緒に入ってみるか?」と悪戯っぽく囁かれた。
なんだか面白くなくて顔をそむけると、追いかけるように啓介の顔が迫ってくる。

「なあ、いいだろ?」

言いながら、啓介がぴたっと身体を寄せてきた。下半身には明らかに硬い感触が押しつけられていて、さっきの「いいだろ?」は「セックスしてもいいだろ」の意味だったのかと、拓海はうなだれた。

そんなこんなで文句を言いつつも、結局そのままお風呂セックスになってしまった二人。
情事のあとハッとして浴槽を見てみると、泡が天井まで、塔のように盛り上がっていた。

「うわーっ! どうすんすかこれー!」
「うははははっ! すっげー、泡風呂ってこうなんだなー!」

二人で笑いあいながら、拓海は思う。
この人といると、初めてのことにたくさん出会う。これまでも、そしてきっとこれからも。
あのキスを交わした瞬間に感じた、“運命の人”だという感触。
それがどうか、気のせいなんかじゃありませんように。

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