Never Forget Me





3.もう一度 第9話(Epilogue 1)





「………藤原?」

名前を読んだ瞬間目を見張ったまま動かなくなった拓海に啓介は不安を覚えた。そのままじっと拓海の瞳を見ていると一瞬焦点が合わなくなり、さらに焦りだす。

「お、おいっ、藤原………っ、大丈夫かっ?」

必死に名前を呼び頬を軽く叩くと、ぼやけていた視線がゆっくりと焦点を合わせだした。そして拓海はふるふるっと頭を振ると啓介を見上げる。

「………ぃ、すけ……さ」
「藤原…………」
「………何、で……」



―――名前で呼んでないんですか?



「今更苗字なんて………変な感じがする…」とそう小さく呟いた拓海の言葉に、今度は啓介が目を見開く。付き合い始めた頃は名前を呼ばれるのがすごい恥ずかしいとそうぼやいていたのに。いつの間にか名前で呼ばれる事に抵抗がなくなっているような言葉だった。
そんな啓介の様子に拓海が訝しげに眉を寄せて首を傾げている。

「―――けいすけ、さん?」
「お前……まさか記憶―――」
「え、あ………ぇ?」

そう言われて拓海が視線を彷徨わせる。しばらくの間無言で今までの事を思い出している様子に、啓介は何も言わずに拓海を見下ろしていた。
やがて何度かその長い睫毛を瞬かせて啓介を見上げた拓海が少しずつ顔を赤くしていく。

「………なぁ、一つ確かめたいんだけど」

そんな拓海に啓介は隣に寝転がりながら恐々言葉を紡ぎだす。まだどこか信じられず、不安が募ってしまう。

「………何ですか?」
「……………Dが終わったら。走るの、やめちまうか?」
「―――」

いつか啓介が言ったのと同じ言葉に拓海は一瞬息を止め、それからふいっと目を逸らして背中を向けてしまった。啓介が体を起こして拓海の表情を見ようとすると、真っ赤に染まった頬と耳が目に入り啓介は瞠目する。

「―――啓介さんが、」
「……うん………」
「……俺が走るんだからお前も走れ、って言ったじゃない、すか………」
「っ……」
「………だからアンタが走り続ける限り……俺はやめない、すよ」
「―――ッ!!」

拓海から返ってきた言葉に啓介は目を開き、そして顔を歪めて背中越しにきつく抱きついた。ビクっと体を震わせた拓海が振り返ろうとするも阻まれてしまう。

「け、すけさん………?」
「………見んな……」
「アンタ………泣いて……」
「………何も、言う……な………っ」

搾り出すような啓介の声音に拓海は動きを止める。裸の背中に何かあたたかいものが伝わってくる。背中越しに啓介の体が震えているのに気がついた拓海は、胸の奥がきゅ、と締めつけられてしまった。


それだけ、自分はこの愛しい人に辛い思いをさせていたのだと気づく。
この人の事だけ、すっかり忘れてしまって。
この人の兄に気持ちが揺らいで、苦しめて傷つけて。


腰にまわされた啓介の手の甲をゆっくりゆっくり撫でていると自分もこみあげるものを感じて目を閉じる。閉じた瞼に押し出された涙が頬を伝い、ベッドに小さな染みを一つ作った。

「け、ぃ…すけさ………」
「………」
「………ごめん、な、さ…ずっと、」


――――ずっと、啓介さんの事だけ、忘れてしまってて。


涙に濡れた拓海の言葉に、啓介の手がさらにきつく締めつける。その腕の中で懸命に体をもぞもぞと動かして拓海は何とか啓介と向き合う形になった。
それでも、今だ顔を見られないようにと伏せたままの啓介の頬に手を沿え、少し汗ばんでくたりとなっている啓介の髪にそっと口づけた。

「啓介さ………」
「……こ、の、バカ野郎………」
「はい………」
「俺、の事だけ忘れちまいやがって……っ…」
「は、ぃ………」
「恋人の事…忘れるたぁ……いい度胸してんじゃねぇかよ……」
「………ごめんなさ……」
「………もう二度と、」
「………」



もう二度と俺の事忘れるんじゃねぇ、この野郎。



嗚咽を堪えつつそう呟いた啓介はそこでやっと顔を上げて拓海を見つめる。


いくつもの涙の筋が少しやつれていた啓介の頬を伝っている。拓海の顔が視界に入ると啓介の濡れた瞳は再び閉じられた。
そこからまた一筋、目尻から流れ落ちていく。その雫に唇を這わせながら、拓海もまた涙を零した。




何度も何度も、ごめんなさいと繰り返しながら。




しばらくそうやって抱きしめ合っていた二人は、やがてそろそろと体を離すとどちらからともなく見つめ合う。

「………もう、全部思い出したのか?」

啓介が少し赤くなった目で見つめながら拓海の髪をいじる。

「えっと……まだ少し、ぼんやりしてるとこもあるんですけど……でも、大分思い出してきました」
「………なら、ここに来る前にお前が言った事も覚えてるか?」

そう尋ねながら啓介がそろそろと腰へと手を這わせると、拓海はさっと顔を赤らめて啓介の視線から顔を逸らす。

「………それは、もちろん……」
「……すげぇ誘い文句だよな………俺を抱いて、なんて。お前、普段はあんまりそういう事言わねぇから正直腰にメチャメチャキた」
「………もうそれ以上言わないで下さいよ」


恥ずかしいんですから、と呟きながらも顔を背けたままの拓海の顎を軽くつまみ、啓介が顔を寄せる。どちらからともなく唇を重ね、啄み、舌先を絡めだす。飲み込めない二人の唾液がお互いの口端を伝い落ち、それを啓介が舌先で拭うと拓海の唇から甘い吐息が一つ漏れる。
そのまま啓介は拓海を自分の体に乗せてなおも唇を夢中で貪っていく。拓海も啓介の髪をくしゃりと掻きまわしながらそれに懸命に答えた。

啓介の手が拓海の滑らかな背中を滑り腰を撫でだすと「んっ………」と吐息を漏らす。うっすらと目を開けばせつなげに揺れる啓介の瞳とぶつかった。
拓海は何度も髪を撫でながら啓介の舌に自分のを絡めては唾液を啜る。 その間にも啓介の手は拓海の双丘を割り、その滑らかな感触を味わうかのようにゆうるりと撫で回す。

「も………っ、何や、て……」
「………いいじゃん、すげぇ気持ちいいし」

そう呟きながら、つぷ、と秘孔に指をたてれば拓海の背中がしなやかに反る。そうやってしばらく受け入れさせる為に弄り回していると拓海の吐息が次第に荒くなっていく。

「んっ、は…ぁう、けぇすけさ………っ」
「………待ってろ」

弄っていた手を離し、枕元に備え付けられている小さな籠の中のボトルに手を伸ばす。はぁはぁと息を荒げている拓海の額に口づけながら、啓介はボトルのキャップを開けて掌にトロリと透明な液体を出した。そしてその手を再び双丘の奥に這わせ解すように動かし始めれば拓海が再び背中を反らす。

「ひ、ゃ……ん………っ…」
「拓海………拓海……」

弄りながら啓介が小さく名前を呼び続ける度に、ゆるりと花が開きだしたかのように秘孔がヒクつきだした

「ふ、啓介……さ………」
「拓海………」

何度も名前を繰り返し呼びながら、啓介は体を入れ替えて拓海の上に覆い被さる。そのまま奥の窄まりをまた弄りだせば、拓海の足はゆるゆると開きだし、すっかり勃ち上がって愛液を垂らしているペニスまでが露わになる。
そんな海に啓介は自分の体の体温が一気に上がるのを感じて、指を抜き自分のペニスをほぐれた窄まりへと押しつけた。

「んっ……ァ、はや……く………」
「―――っ…」

先を強請られ啓介がぐっと腰を押し進めだすと、拓海の背中がシーツから思いきり浮かび上がる。甘い吐息を吐き出しながらきゅっとシーツを握りしめ、挿ってくるものをキュウキュウと締めつけた。
啓介はその締めつけに息を止めそうになりながらも、拓海のペニスを愛撫して力を抜かせてやろうとすると、拓海は「ぁあっ、や………ぁ…」と小さく啼いて締めつけを弱める。その隙にまた少しずつ啓介のペニスが挿っていき、とうとう奥まで収めた。

二人の荒い呼吸が部屋に響き渡る中、啓介は顔を上げて拓海を見下ろす。
拓海の瞳が濡れ、涙が伝い落ちていく。

「………啓介さ…ん……」
「………ん―――」
「―――何で…抱いて欲しかったか……答えを教えてなかったです、よね……」

時折、中のペニスの感覚にぶるっと震えながらも、荒い吐息混じりに拓海が呟いた。

「俺………記憶…無くしても、」
「拓海……」
「……やっぱり…もう一度啓介さんを、好きに……なって……だから―――ッ、ああぁっ!!」

拓海の言葉が終わらないうちに啓介が足を抱え上げ深く穿ちだす。突然の行為に拓海は目を見開き、懸命に啓介の腕にしがみついた。

「ん、ャっ………っ、け、あぁっ!」
「拓海っ、拓海……!!」

ぐっぐっと最奥を攻め立てながらも啓介が拓海を見下ろす。だんだんと声を押さえきれなくなった拓海が甘い声を上げ続ける。その赤く誘うように色づく唇を呼吸ごと奪い取るような口づけをして、啓介は自分と拓海を高みへと追い上げていった。








それから毎日の日々の中で、堰を切ったように少しずつ啓介の記憶を取り戻していった拓海はプラクティスに復帰した夜、涼介と史浩にその事を伝えた。事情を知っていた二人はほっとしたように顔を見合わせ、「啓介もこれでほっとしただろう」と拓海に笑った。
史浩がその場を離れた後、涼介は拓海に少し意地の悪い笑みを向け顔を寄せ

「―――頼むからこれからはもう、啓介を泣かせないでくれよ?」

と囁き、拓海の顔を真っ赤にさせた。そんな二人の様子を遠目でチラチラと見ていた啓介が拓海の表情に急いで飛んできて拓海の前に立ちはだかる。

「アニキ…拓海に何を言ったんだよ……」

今はもうちゃんと記憶が戻っているとは言え、それでもどこか心配なのか啓介は少し警戒しながら涼介に尋ねる。

「別に。ただ、お前の事をよろしく頼むと言っただけだ」
「………マジで?」

余裕のある表情で相変わらず意地悪く笑いながらPCへと戻っていく涼介の言葉に、怪訝な顔をしながら啓介は拓海を振り返る。が、拓海は真っ赤な顔をしたまま黙って頷いたかと思うとそそくさとハチロクへと向かって歩きだしてしまった。

「あっ、拓海!何だよ、絶対怪しいんだけど!!」
「う、うるさいっ!ついてくんなっ!」

ギャーギャー騒ぐダブルエースを横目で見ながら、涼介は小さくため息をつきつつも小さく笑みを浮かべていた。







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