子供の頃から、あまり「欲」はなかった気がする。
与えられれば受け取ったけれど、手に入らないものは無理してでも取ろうとした事もなかった。
それは恋愛にも言えるかもしれない。
だから、傍から見れば「冷めてる」とか「何考えているかわからない」と言われるのが多かったんだろう。
でもそれでも俺は俺だし、そういう風にしかできないんだからしょうがないで済ませてた。


だけど、この人は俺が心の底から初めて「欲しい」と思えた人だった。
この人の事、離したくないと思った。


圧倒的な存在感で、俺の中をじわじわと侵食していって。
気がつけばもう戻れないところまでキモチが昂ってしまって。

俺はこの人の事が欲しくて欲しくてたまらなかったんだ――――





「ンッ、……んぅ―――
「ッ、藤原…無理、しなくていーぞ……?」

薄暗い部屋に響き渡る濡れた音。
ベッドの上で、拓海は啓介の足の間に体を入れ、そそり立つペニスをその情感的な唇に含んで愛撫していた。
たどたどしい舌の動きは却ってじれったいぐらいの快感を生み出すようで、啓介は時折シーツをぎゅっと握りしめる。そんな啓介の反応に拓海は長い睫毛を伏せ、懸命に高みに追い上げようとしていた。
初めてマジマジと見つめた啓介自身は、赤黒くそして固くパンパンに張りつめていて、拓海は真っ直ぐに見つめる事が出来ずにすぐに口に咥えこんだ。フェラなんてもちろんした事はないけれど、啓介が少しでも感じてくれるなら…と、拓海は愛撫を送り続けていった。

ふいに啓介の手が拓海のほんのり湿った栗色の髪を撫でる。
その感触に拓海はふわりと目を開け、上目遣いに啓介を見上げた。

―――――ッ……」

拓海のその表情に啓介が短く息を飲んだ。
きっと、はしたない顔をしているに違いない…と拓海は少し気持ちが落ちそうになる。鼻の奥がツン、と痛くなったがそれでも啓介のペニスへの愛撫は止める事は出来なかった。

「…………、け、ぇすけ、さ…」

先端から滲み出てくる先走りを舌で舐め取り、苦しげに吐息交じりで名前を呼ぶ。次の瞬間、啓介は自分の足の間に蹲る拓海の体を引き上げ、薄く開いた唇にちゅ、と音をたてて口づけたのだった。

「んっ、けぇすけさん――――
「なぁ……俺、お前ン中に挿れたい……」

意味、わかるよな?そう尋ねる啓介に、拓海は僅かにその瞳を見開かせる。そんな拓海を見つめてくる啓介の表情は、いたって真剣だった。
女性のように自然に潤ってくるその場所がない自分の体が、啓介を受け入れられる所なんて一つしかない。
それを思った瞬間、拓海の体がふるっ……と小さく震えた。

「……………」
―――、藤原がイヤなら別にいーし。こーやって、二人で気持ちよくなってもいいしさ」

体を震わせ沈黙した拓海に、啓介はことさら明るくそう告げると拓海を横向きに寝かせて、自分も向かい合わせで寝転がる。お互いの、熱を孕んですっかり固くなった自身を重ねようとした啓介に、拓海はその先に進む事を拒んだ。

「藤原?」
「…………い、です…」

そう短く呟くと、拓海はちゅ、と啓介の唇にキスを落とし仰向けに寝転がった。
そのまま固まっている啓介の手を取り、羞恥で頬を赤く染めながらそっと手を導いていく。

恐くないって言ったら嘘になる。現に、今こうして啓介の手を導いていく己の手は、まだ小刻みに震えている。けれど―――


―――――、おい、」
「…………俺、だって………」



啓介さんが、欲しいんです。

言ったでしょ、もう、いろんな覚悟は決めてるって。



拓海の飾り気のない言の葉は、はらりと啓介の心に落ちていったようだった。


「……俺、すっげよゆーねぇから、痛くすっかもしんねぇぞ?」

この時のために、と用意しておいてたジェルをどこからともなく取り出しながら呟く啓介を、拓海は「ンなの、用意してんなよ…」と恥ずかしそうに頬をシーツに押しつけながら見上げる。

「俺だって……余裕、ないすよ…でも、ンっ」

ジェルを垂らした啓介の指が拓海の奥へと触れた途端、拓海はヒクンと体を揺らして啓介の腕をぎっと掴んだ。奥深く窄まっている蕾は、そう簡単には啓介の指の侵入は許さない。
くるくると蕾のまわりをつつき、少しでも力を逃してやろうと口づける啓介に、拓海は懸命に応える。

やがて少しだけ緩みだした蕾に、啓介は爪先をくっと押し込みだす。

「ッ――――ぅ、ぐ…」
「痛い?辛かったら言えよ、藤原………」

違和感を感じてくぐもった声を漏らす拓海に、労るように啓介が頬に唇を滑らせていく。その唇の動きで、拓海は初めて自分が涙を流している事に気がついた。


余裕がないと言いつつも、啓介の指は慎重な動きで拓海の蕾を解そうとしている。
その外見から荒々しい印象を持たれる啓介は、意外と繊細で気をつかう事が多いのに、拓海は付き合いだしてから気がついた。
今だって拓海の体を傷つけないように丁寧に時間をかけて拓こうとしている啓介の指を感じつつ、拓海は次第に体の力を抜いていった。はっきり言って快感など全然感じられないけれど、拓海はそれ以上に啓介が自分を欲しているのが嬉しく、また自分も啓介と一つになりたいという気持ちの方が強かった。
やがて指が増え、感じる一点を見つけられてしまってからはそこを執拗に攻めてくる啓介に、拓海はもうなす術もなくあられもない声を上げてよがってしまった。




そして初めて受け入れた啓介は、熱く、そして拓海を蕩けさせるのに十分だった。
啓介の熱が中ではじけた瞬間、拓海は自分がドロドロと崩れていくような感覚になりそのまま意識を手放した―――






「おい、大丈夫か………?」
「っ、ん…………」

もぞ、と動いた拓海の頬に、ふいにヒヤリとしたものが当てられて拓海の意識が一気に浮上する。
ぼんやりと目を開けゆるく瞬きを繰り返すと、視界いっぱいに心配そうな啓介のアップが広がった。

「け、すけ……さ……」
「ん………意識飛ばしたからビビっちまった―――

掠れた声で名前を呼んだ拓海に苦笑しながら、啓介がペットボトルの蓋を開け、一口含むと拓海の唇に自分の唇を重ねた。

「んっ――――

薄く唇を開くと、冷たい水が拓海の喉を潤していく。拓海が飲み込んだのを確認すると啓介は顔を離し、また口に含んでを何度か繰り返した。

「あり、がと……ございま…す―――

喉が十分に潤ったのを伝え、礼を述べると啓介は「これぐらい大したことねーよ」と笑い、自分も一気に中身を煽った。そんな啓介の横顔を横たわりながら、拓海はじっと見上げていた。


はっきり言って今の体調はサイアクだ。
体のあちこちはギシギシ痛むし、初めて啓介を受け入れたそこは鈍痛で拓海を苦しめ続けている。

それでも拓海は、それすらもいいと思っていた。
啓介が密かに仕掛けていたとは言えども、拓海もまた啓介を欲してやまなかったのだから、後悔とかやっちまったとか、そんな事はまったく頭になくて。



ただひたすら啓介を愛しいと思う気持ちだけが、拓海の胸の中に溢れていた。



「……わら、藤原……?」

ふいに啓介の声が耳に流れ込んできて拓海はハッとする。
慌てて顔をあげ啓介の表情をみると、何故か啓介は頬を染めてどこか拗ねたように唇を尖らせていた。

「……啓介、さん?」
「ンだよ、聞いてなかったのかよ………」

聞いていなかったのがわかると啓介はますます唇を尖らしてしまうので、拓海は慌てて啓介の腕をぎゅっと掴む。

「す、すみません……で、何ですか?」
「だーかーらー、今度からお前ン事…名前で呼んでいいかってんの」
「…………はぁ?」
「あーもー、二人きりの時は『拓海』って呼んでいいかって事!」

荒々しく声をあげる啓介のその言葉の意味を、拓海は未だちゃんと働いていない頭で一生懸命に理解しようとしていた。そしてようやくその意味を悟ると、あっさりと頷く。

「…………あ、はい、」
「…………オイコラ、何でそんなずいぶんとあっさりなんだよ」
「えっ、だ、て………二人でいるときだけなら、俺別に」
「ンだよー…それならもっと早くに言や良かったじゃん、俺…チクショー」

ぶつぶつ言いつつも、自分の腕を掴む拓海の手はそのまま、啓介も隣にゴロンと横になった。そしてそのまま、ぐるんと拓海の方を向き、そのままそっと拓海の体を抱き寄せる。
初めて感じる啓介の素肌に、拓海は今更ながらにさっきまでの自分の痴態をまざまざと思い出し始めてしまい、今度はまともに啓介の顔を見ることが出来なくなってしまった。

「ふ、………たく、み?」

拓海の様子を訝しく思ったのか、啓介がそっと名前を呼ぶ。
その瞬間、拓海の顔はボンッと音が聞こえそうなくらいに真っ赤になり、目の前の啓介の肌から逃れようともがき始めた。

「お、おいっ、拓海っ……どうしたんだよ、急に………」

じたばたと暴れる拓海を何とか宥めていくうちに、何となく理由に思い当たったのか、啓介は口端を笑みの形に変えつつ拓海をきつく拘束する。

「ちょっ、ちょっと啓介さんっ!!」
「…………なーんだ、ただ単に照れてるだけか、拓海」
「っ…………」
「つーかさ、ンなくらいで照れてんぐらいじゃ……これから先、もっとすげぇコトした時どーすんの」
「すっ……すすすすげぇコトって何なんすか!!」

真っ赤に染まっている拓海の耳元で囁く啓介の言葉に、拓海ははた、と動きを止めて叫ぶ。
さっきのアレだけでも十分恥ずかしいのに、この男は自分にまだ何かをするつもりなのか。

冗談じゃない、と言おうとして顔を上げた拓海は次の瞬間、唇を啓介のそれに塞がれて目を見開く。そのまま舌を差し出すように導かれてしまうと、もうどうにもならないままにそれに答え、再び翻弄させられていく。
くちゅ、と濡れた音が響いて唇を離すと、啓介はその男前な表情に壮絶な艶(いろ)を含んだ笑みを浮かべて拓海を覗き込んだ。



「さっきは散々、拓海に煽られたからな。今度は………いくらイヤだっつったって、もう離してやんねぇ」






その瞬間、拓海は完全に啓介の手中に堕ちた。









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