第六夜







「はぅ………っ、ぁ、………」

薄ぼんやりとした行灯の明かりに照らされて、まるで獣のように絡み合う二人の影が部屋に揺れている。


いや、自分をうつ伏せにし、腰を高くあげさせて本能のまま揺り動かす啓介は本物の獣のようだと。
拓海はめくりゆく快感に溺れながらそう思っていた。


「け、すけさ…ま……っ、そこ、」
「ん……ココ、いいのか?」

拓海の言葉に啓介が覆い被さり、ぐ、と自身を内部に擦りつけると拓海の白い喉元が反り返る。

「ゃっ、あぁ―――――っ!!」
「くっ、ぅ…………」

甘い嬌声があがった瞬間に拓海の秘孔がキュウ、と啓介の自身を締めつけて、啓介は思わず声を漏らした。 女よりも明らかにきつい内部なのに、一旦挿れてしまえばそこは啓介自身に絡みつき、あまりの気持ち良さに最初はすぐに果てそうになってしまった。



もうすでに、何回気をやったのか。
拓海も啓介もわからなくなるくらい、汗と白濁にまみれながら夢中でお互いの体を貪り続けていた。



綺麗に結い上げてあった拓海の柔らかな茶の髪は、すでに振り乱れてほつれて夜具の上に散らばっている。襦袢はただ纏っているだけの状態で、剥きだしの肩には啓介が勢いでつけてしまった噛み跡が薄くついていた。何度白濁を放っても、啓介が肌をなぞり、拓海の力を失った自身を愛撫すればあっと言う間に熱をもって固く勃ちあがってしまう。そして今もまた、啓介に後ろから貫かれて拓海は自身からポタポタと夜具の上に快感の印を垂らしていた。

「ンっ、あぅ…………ャッ………」

啓介自身が拓海の中への出入りを繰り返すたびに、拓海の白い双丘も揺れ動く。
おもむろに啓介は動きを止め、中に自身を挿れたまま拓海の体をうつ伏せから仰向けへと変えさせた。「ゃあ………」と細く啼きつつも拓海が啓介を見上げると、啓介はそっと手を伸ばし拓海の頬に触れた。節くれだった大きな手が、頬から首筋を滑り落ちていって、拓海はその感触に目を閉じて震える。

ふと、ポタッと何かが拓海の口元に垂れ落ちる。気だるげに目を開くと、汗だくの啓介の頬から顎を伝った汗が一滴、再び拓海の口元に落ちた。
拓海は無意識にそれに舌を伸ばしてちろっと舐め、啓介の頬に手を伸ばして撫でた。


ふっくらした唇から覗いた、赤い舌の動きに啓介は視線を捕らわれる。気がつけば啓介自身はさらに固さを増し、それを敏感に感じた拓海は熱い吐息を吐き出しながら背中を反らした。



「………あき、は……」



その日初めて、啓介は拓海の名前を口にした。



「…………っ……」
「ぁ…………」

自身を包み込む拓海の内部の動きに、啓介はくっと眉を寄せる。まるで離したくないというような反応を示す拓海に、啓介は口端に笑みを浮かべて顔を覗き込んだ。拓海はその瞳から逃れるように視線を逸らす。

「………すげぇな……俺の、離そうとしない……そんなに具合がいいか」
「っ………やめ………」

言わないで、と言いかけた拓海の唇を啓介が塞ぐ。濡れた音を響かせて唾液を交じらせ、拓海の口端へと伝い落ちていった。

「秋葉…………」
「ん………啓介、さま………」

何て甘い声音だろうと、拓海は口づけながらおぼろげにそう感じる。
今までも散々いろんな男に抱かれ、啼かされ、名前を呼ばれていたのに。ここまで体の奥底までとけそうな甘い声は初めてだった。


その啓介の声が拓海を呼び、溺れさせ、沈ませていく。
拓海はその事に、訳のわからない恐怖に囚われそうになった。


―――――戻れなくなる。





しかし、その恐怖は次の啓介の言葉で一瞬にして霧散した。


――――他の男にも…こうやってせがんでるんだろう?」


その言葉に、拓海ははっとする。


今、自分は色子で、啓介は客で。自分は啓介の快楽を満たしてやる立場だと言う事に気がついたのだ。そう考えた瞬間、拓海の心は急速に冷えていった。

今は全てを隠し、目の前にいるこの男の性欲を満たしてやるのが自分の『仕事』。

「はぁ………ん…」

拓海は啓介の頭を引き寄せ、答える代わりに耳元で甘い吐息を漏らした。






啓介が拓海の首筋に埋めたまま、切なげに顔を歪ませていた事に気づきもせず―――――








「……………大丈夫か…かなりめちゃくちゃにしちまったけど」

ぐったりと夜具に横たわる拓海の横で胡坐をかきながら、啓介が拓海の髪をいじっている。
ようやく呼吸が収まってきた拓海はぼんやりと啓介の姿を見上げた。行灯の明かりが逆光となって、啓介の表情はよく見えないが、それでもうっすら笑みを浮かべているのはかろうじて見ることができた。

「はい………」
「そうか…………なら良かった」

そう言って啓介は行灯の明かりを消し、再び横になりそっと拓海の頭の下に腕をまわす。目の前にきた啓介のしっとり汗ばんだ肌に頬を寄せて、拓海は静かに目を閉じた。

トクトク、と啓介の胸から柔らかい音が聞こえてくる。まわされた手が拓海の背中にぬくもりを伝えてくる。

「…………参った」

ふと聞こえた啓介の言葉に拓海は閉じていた瞳を開けて啓介を見上げると、啓介は少し拗ねたような表情で拓海を見つめ返した。

「……辰巳の言ってた通りになっちまった」
「ぇ………二代目は、何と………?」

そう問いかけると、今度は少し照れたように前髪をクシャッとかきながら目を逸らす。ころころとよく変わる表情は見ていて飽きないと拓海は思った。さっきまでは欲を隠さず何度も拓海を求めたかと思えば、今はまるで子供のような顔をしたり。そんな啓介みたいな人間は、今まで拓海の周りにも客にもいなかったのだ。

「『男ってのも一回手を出すと嵌る』って…………そんなことはないと思っていたけれど、あいつの言うとおりだった」

そう言うと啓介は拓海の顎を掬い上げてそっと口づける。その表情はどこかせつなげで、拓海は心の奥がきゅ、と締めつけられた。でもそんなのはおくびにも出さず口元にだけ笑みを浮かべて偽りの言葉を紡いでいく。

「それでは……ご満足いただけたのですね」
「…………そういうことになるな」
「それなら………光栄です」

あくまでも色子と客と言う立場をわきまえてそう告げれば、啓介は少し苦笑して腕枕した手で拓海の頭を引き寄せた。拓海の顔が啓介の首筋に埋められ、少し汗の匂いが漂ってくるのを感じて、拓海は知らぬうちに目を閉じていた。

「…………もう…こんな時間か――――

啓介が拓海の髪をいじりながら窓の外を見つめた。気がつけば東の空は少しずつ白み始めている。





朝日が昇れば啓介はこの部屋を去っていく。あの、激しくまぐわった時間はこの部屋に残して。




そして拓海はいつもと同じように、再び『上客』が訪れるのを待つだけ。




いつもと変わらない日常を迎えるだけなのに、それがいつもとは違うように感じるのは何故なのか。
拓海は己を抱きしめて目を閉じている啓介の顔を、そっと見上げながら答えを探していたのだった。





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