第五夜







拓海はそのまま脇息についているのと反対の手を取り、自分の顔の高さまで持ち上げる。啓介の視線が捕えているのをそのままに、拓海は手の甲に弾力のある唇をそっと押し当てた。そしてその手を自分の頬に滑らせ、ゆだねるように顔を傾けて目を閉じた。
そのまま動かない拓海に、啓介は親指をそっと動かして頬を撫でるとゆっくりと瞼を開けて再び啓介を見上げた。


その瞳に、啓介の心がとくり、と小さく跳ねる。


誘うような、とろりとした茶の瞳が啓介を見つめている。その周りを縁取る睫毛は小さく震えながら薄く陰を落としていた。


自分の頬を撫でる啓介の親指を少しずつ口元へと運ばせ、うっすらと見せた白い歯でカプ、と軽く噛む。それからチロチロと赤い舌を動かして刺激するのを見れば。



自分の体が少しずつ熱を帯びだし始めてくるのに、啓介は正直焦りだしていた。



さっきまでの負けず嫌いな表情は跡形もなく消え、今は艶を帯びた色子として客である啓介の熱をあげようとしている彼に、どこか引き込まれてしまいそうだった。そのまま啓介が動かずにいると拓海は唇から指を出し、舌をちらつかせながら啓介の唇をそっと塞いだ。

拓海の舌が柔らかく啓介の唇を舐める。厚みのある唇は弾力に溢れて、啓介はくらりとした。
やがてそろそろと啓介が唇を薄く開くと、拓海の舌がそっと遠慮がちに入ってきた。啓介の舌を誘うように動き始めると、啓介は少しずつそれに答え始める。

「……ん、ン………っ…」

少しずつ絡みあう舌の動きに拓海が時折苦しそうな声を漏らす。その声を聞いて、啓介はさらに動きを激しくしていく。
静まり返った部屋に濡れた音が小さく響く。啓介の舌が拓海の口腔内を荒らしまわると、拓海はくったりと啓介に体を預けてしまう。やがて名残惜しげに唇が離れ、透明な糸が繋がってぷつり、と切れるのを二人はぼんやりと見つめていた。

「………これでもまだ、その気にならないと…申されますか……」

はぁはぁと息を吐きながらもそう問いかける拓海に、啓介は参ったという表情をしながら拓海をその場に横たえた。畳に広がる乱れた髪と着物。その着物の合わせからそっと胸へと手を差し込めば、拓海の体がちいさく跳ねた。そのまま左の胸の上で手を止めるとトクトク、と少し早いリズムを刻んでいるのを感じた。

「………お前…凄すぎ……」
「……何が、ですか…………」

そう問いかける拓海の首筋に啓介の唇が這い、拓海はふるっ…と体を振るわせる。それに気を良くした啓介は、少しずつ唇を鎖骨へと滑らせだしていく。手は拓海の胸を這い、主張しだしたその突起をくりっと摘むと拓海の唇から甘い吐息が漏れた。

「………認めたくねぇのに……お前が俺を引き寄せて離さねぇ………」

降参とも取れる啓介の言葉に、拓海は初めて笑みを浮かべた。勝ち誇ったようでもなく、嘲笑でもなく、ただ柔らかい本物の笑みだった。
その口元に唇を被せ、啓介は吐息を奪いながら突起を思うがままに愛撫していく。
拓海がはぁ…と苦しげに顔を背けるのを許さず、さらに舌を絡ませながら啓介の指は腹から腰へと滑り落ちて言った。

「ン、ゃ…………」

腰が弱いのか、指が這うたびに拓海の体がそれから逃げようと捩る。

「…逃げんじゃねぇよ……もっと俺を悦ばせろよな……」
「た…かは、しさ……ま…」
「啓介、だ」
「え………」

すでに息も絶え絶えな拓海が見上げると、そこにはすっかり獣の瞳に塗り変えてしまった啓介が拓海を見下ろしていた。

「啓介でいい……もう馴染みになったんだからな」

そう呟くと、啓介は拓海の襦袢をバッと捲り上げ、何もつけていない股の間をじっくりと見下ろした。足をしどけなく広げた拓海はそれだけで何かを誘い、理性を飛ばさせる。
啓介はごくり、と唾を飲み込むと、ゆっくりと足の間に顔を寄せて、すっかり勃ち上がってしまった拓海の自身を口に含んでいった。

「あ―――ああぁっ!」

いつもなら唇を噛みしめて声を堪えるのに、今夜は何故かそれができなかった。
片手は畳を引っ掻き、もう片手は襦袢を握り締めて、拓海は体を大きく戦慄かせた。
足の指はぎゅっと反り返り、踵で畳を何度も擦る。

今までにない強い快感に拓海の体は何度もヒクついた。

「す、げ………いつもこんな……なのか?」

感度が良いのに気づいた啓介は足の間から顔を上げ、指を拓海の口にそっと押し込んだ。

「んっ……ン、ぅ………」

何だか素直に「もっと」と言うのが悔しくて、拓海は返事をせずに咥えこんだ指を音をたてて吸えば、啓介も再び拓海自身に唇を寄せ、ダラダラとはしたなく流れ落ちる熱を幹ごと吸い取った。
ぴちゃぴちゃと響く淫らな水音が部屋に満ちていく。それとともに拓海の呼吸も荒く、時折か細い喘ぎとともに漏れていった。


やがて拓海自身から顔を上げ、啓介は乱れていた己の着物をすべて脱ぎ去った。
目の前に現れた、ほどよい筋肉に包まれたしなやかな肢体が拓海の快感に潤んだ瞳に映る。綺麗な筋肉だ、と拓海はぼんやり考えながらそっと手をのばす。
見た目に違わず、張りのある筋肉は生命力に溢れていて、自分の細い体とつい比べてしまう。

(同じ男なのに……こうも違うなんて―――

ふいに色んな男に抱かれてきたこの体が何故だか恥ずかしいと思った。

今まではただ諦めたように何も考えまいとしてきたのに、啓介の体を見た途端、己の身の穢れが急に肌に表れてきたような感覚になって、拓海は思わず自分の腕をそっと撫でた。

――――どうした……」

そんな拓海の小さな変化を敏感に感じたのか、啓介は拓海の着物を肌蹴させながら鋭い目で見下ろしてきた。まだ前戯の最中なのに、啓介の額にはうっすらと汗をかいている。

「いえ………何も……」
「…………なら何も考えるな」

俺の事だけ考えてろ。短くそう言うと、啓介は再び愛撫を始めだす。



啓介の舌が、指が、拓海を翻弄しだす。今までにない強い快感に拓海は逃れる事もできずにいた。
何故こんなにも一つ一つの愛撫に体が昂り、震えてしまうのか。


その理由(わけ)も見つからないまま拓海は快感の海に溺れていく。
熱を引き上げさせてやるつもりが、いつの間にか啓介に熱を上げさせられていて。でも悔しいとかという気持ちはもうすでに、拓海の中には残っていなかった。



啓介が伝えてくるその熱は心地よくてとろけそうで、拓海はいつもよりも甘い吐息を零し続けていった。



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