第一夜







信じているのはこの身一つだけ。



そう思っていたのに、そんな自分を変えたのは、たった一人の男。



あの人に出会わなければ良かったと思うのに、惹かれゆく心は流れる川のように止められない。











夕暮れも深くなると、色街は色子を品定めする客で賑わいだす。


色子体を売って商売をする少年達は、格子の向こうから客の視線を受け、それに媚を売るような視線を返していく。そんな駆け引きする様をよそに、一人の色子が見世の二階で窓に寄りかかり、夕暮れが闇に追い立てられていく空をじっと見上げていた。
やがて引込み禿が「お客さんがおいでになりました」と声をかけると、彼はゆっくり立ち上がり、客を出迎える為に着物を整える。


柔らかそうな栗色の髪を結い上げ、煌びやかな着物を身に纏い。
肌理の細かそうな白い肌に、紅も塗っていないのにほんのりと色づいた量感のある唇。


そして何よりも視線を引くのは、その睫毛に縁取られた大きな瞳だった。


どこかぼんやりとしたその瞳は自分を見ているような見ていないような、そんな危うさが何かをそそられるとなじみの客には密かに評判が良かった。そして今宵も彼はそんな瞳のまま、一人の客を部屋へと招きいれた。









「っ……………ぁ……」



行灯の明かりだけが灯る薄暗い部屋の中に、押し殺した声が小さく響く。

濡れた音をたてて己の体を這う舌の動きに彼の体はヒクリヒクリと戦慄いた。肩から肌蹴た襦袢が、彼が体を捩らせる度にずるりと落ちていく。

「んっ……は…そ、なしたら………っ…」
「こうしたら………どうなんだ?秋葉―――――

低い声が耳元で囁いて秋葉と呼ばれた彼は、は、と吐息を漏らしながら頭を反らした。男の手が襦袢の裾を割って滑らかな太ももの感触を確かめるように這うと、秋葉の足は自然と開いていく。
そのまますっかり勃ちあがっている秋葉自身を撫で回しながら、男は秋葉の唇を塞いだ。

「ん……ぅう、…………ぅ…」

口端からお互いの交じり合った唾液が伝い落ちるのにも構わず、秋葉は男の唇を貪る。握られたままの自身に快感を強請るように腰を揺り動かすと、男は糸を引きつつ唇を離し、くすりと笑みを浮かべた。

「………慎ましやかな風なのに、一旦体を許すと大胆になる……」
「そ……な事…言わない……で、下さいませ……」
「これでも褒めているんだけどな―――――

くすくすと笑いながら男が秋葉自身を再びゆっくりと愛撫しだすと、秋葉の足がビクンっと跳ね上がる。

「ァ――――っ、は………」
「相変わらず感度がいい………」

バサっと襦袢の裾を捲り上げ、愛液を垂れ流しながら勃ちあがっている秋葉自身を音をたてて口に含む男は、上目遣いでその表情を見上げていた。
白い肌が紅色に染まり、戦慄く唇は更に誘うように鮮やかに色づいて、そこからは甘く密やかな吐息と声が細く漏れ続けている。
すでにほつれた髪は振り乱れ、布団の上に散らばって淡い輝きを放っていた。



秋葉のこの決して派手ではない、押さえ気味の声も客達に人気がある理由の一つだ。



栗色の髪を乱しながら今以上の快感をねだる言葉を、吐息混じりに呟くのを聞いた男は顔をあげて纏っていた着物を脱いで秋葉に覆い被さった。秋葉は両の膝裏に手を添え、男を欲しがってヒクつくその部分を見せつけるように広げる。
普段の物憂げな様子からは想像できないその行為に、男は少し理性を飛ばし始めながら自らの肉棒をそこに押しつけた。

「ぁ、あ、あ……………廉次郎、さま……っ…」
「っ、秋葉…………っ……」

たくましい肩に爪を食い込ませながら短い吐息を吐き出す秋葉に、廉次郎と呼ばれた男はぐいっと勢い良く奥まで押し込む。

持ち上げられた秋葉の足の先はピンっと突っ張り、男の動きだした腰とともに揺ら揺らと揺れ始めた。

「ひ、ァ、……………そ、こ………っ…」
「ここ、か――――――っ?」
「ゃっ、ダメ、で…………ああぁっ…………」
「ダメなはず…なかろうが…………」

更に大きく広げて奥を穿つ男の熱が、秋葉の背中を反らさせ乱れさせていく。
お互いの呼吸が部屋に満ちて濃密な空気を生み出していく。拓海は男から与えられる快感の波に、何度も足を引きつらせて悶えた。

「ンァっ、ぁ、あ、も…………っ…」

やがて男の熱が収縮を繰り返す秋葉の内部にじんわりと広がったのを感じて、秋葉も己の腹に熱を迸らせて果てていった。







「…………さて……そろそろ行くとするか――――

荒かった呼吸を整え、うつ伏せに寝転がった秋葉の裸の背中に手を滑らせて、男はむくりと起き上がった。

「…………もう、行かれるのですか―――――?」
「明日は朝早いのでな――――本当ならもっと秋葉とこうしていたかったのだが」

半身を起こして見上げる秋葉の頬に手を添え、男はゆっくりと唇を重ねた。秋葉はそれに答えるように舌を絡めると、男は少しだけ眉を寄せて名残惜しげに唇を離す。銀糸が二人を繋いだと思う間に、ふつり、と途切れた。

「お前は本当に………離れがたくさせる事をするな」
「………………そうでしょうか」
「自分に自覚がないのもまたいいんだがね…………」

苦笑して着物を纏い始めた男の手伝いをしようと秋葉が起き上がると、男はそれを制して秋葉を再び布団に寝かせた。

「いいからゆっくり休みなさい。……………毎夜、忙しいだろうから」
「……………………」
「最近はなかなか空いていないのだな、秋葉は」
「申し訳……ございません…………」
「いやいや、それだけ客が来るという事だからな。ただ――――――いずれは考えて欲しいんだが」


――――――お前を身請けするという話を。


男がそう言って立ち上がると、秋葉は一瞬動きを止めてそれからゆるゆると頭を横に振った。

――――何度も申し上げておりますが……それはお断りします」
「まぁまだ時間はある。じっくりと考えておきなさい」

秋葉の言葉はさらりと聞き流して、男は静かに部屋を出て行く。体を起こして部屋の外にいる禿に男を見送りさせるように伝えると、秋葉は行灯の明かりを消して再び寝乱れた布団の上に寝転がった。
遠くでわずかな話し声がするのは、今秋葉がまぐわった男のものだろう。やがてそれも聞こえなくなると、辺りは何一つ物音がしなくなった。





夜明けが近いのか、東の空が少しずつ藍から茜へと移ろい始めていた。





その空を開け放した窓から見つめて、秋葉は深いため息をつく。




こうして夜明けを迎える空を何度と見ただろう。
今みたいに一人の時もあれば、抱かれた男の腕の中の時もあった。
だけどどれも一つして、秋葉の心を希望に満ちさせる時は一つもなかった。




この世界に身を落とした時から、信じているのは自分だけだ。




母親は物心ついた時からおらず父親と二人で慎ましく暮らしていたものの、この時代の田舎暮らしでは二人が生活していくのはやっとだった。しかも借金もあるとなれば、どうしても身売りするしか方法はなかった。
秋葉は父親の反対を押し切り、自ら色街へと行く事を望んだのだった。少しでも借金が減らせれば父親は楽になるだろうと思ったからだ。それが今から三年前のこと。

そして三年経った今、秋葉はこの働いている如月屋で座敷持ちとまでになった。水揚げから約一年でここまで、けして多くはないにしろ客を取れるようになった事は、店としても感心するほどであった。
すでに何件もの身請けの話もきている。


しかし秋葉は頑なに身請け話を断わっては、客達のため息を誘っていた。


このような世界に落ちた自分が、再びあの門を超えて別世界へ飛び出せるわけはないと、秋葉は窓の外にそびえる朱色の門を見つめる。誰かの元に身を寄せて肩身狭く生きるのなら、ここで朽ち果ててしまってもいいとまで思っていた。



色んな男に毎夜抱かれて、汚れてしまった自分にはそれがふさわしい生き様だと。





そう思っていたのに。










一人の男との出会いが秋葉のそれまでを色鮮やかに変えてしまったのだった。






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