春 望  〜「あきは」番外編〜









「お疲れ様でした」
「あ………悪ィな。拓海の方こそ疲れただろ」

湯を浴びて疲れを流し、寝間でくつろぐ啓介の元へ茶を運んできた拓海に、啓介は笑いながら礼を言って湯飲みを受け取った。

「はい…………少し」
「まぁ…拓海には少しどころかかなりきつかっただろうな。慣れない事ばかりだったし」

なんて俺もすげぇ肩こりまくったけど、などと茶を啜りながら苦笑する啓介に、拓海はふっと笑みを浮かべた。





色街で身売りしていた拓海が、薬問屋を営む啓介の元へと身請けされてから数ヶ月。


気がついたら新しい年を迎え、この正月三が日は挨拶周りと訪問客の相手に二人はてんてこまいだった。


本家から暖簾分けした啓介の店もここまでは順調だったが、やはり顔の広さも重要となってくるわけで、新年の宴会の席に呼ばれれば律儀に顔をだし、また訪問されれば酒を振舞い宴を開く。

そして本家への顔出し。

啓介の両親は、自分の息子が色街の色子を身請けしたことに関しては特に何も言わなかった。むしろそれどころか、特に母親は控え目に啓介を支えつつ、自分の仕事もきちんとこなす拓海の事を大いに気に入って、拓海を可愛がって啓介達を呆れさせるほどであった。

最初は何か言われるのではないか、とか、冷たい目で見られるのかもしれない、と啓介の背後で縮こまっていた拓海も予想外の受け入れように少し唖然としながら、母を知る事無く育ってきたのもあって少し照れくささも感じつつ厚意を受けた。





そんなてんやわんやの正月三が日も過ぎ、ようやく二人だけになって落ち着いたところだった。


「しっかし…お袋があんなに拓海を気に入るとは予想もしてなかったぜ」
「………自分も、すごいもったいないくらいに思えてしまって……」
「俺ら兄弟は全然可愛げがないからとか言ってさ。悪かったなって感じだよ、まったく……」

苦々しげに呟く啓介に苦笑を浮かべ、拓海は湯飲みに口をつけた。

「でも……大おかみさんは本当に素晴らしい方ですね。何だか、高橋屋が繁盛するのもよくわかります…」
「まぁ、確かに内助の功、っていうのはあるかもしれねぇよな」


啓介の呟きに、ふと拓海は思考の海へと沈んでいく。


自分は啓介の恋人であるが、店の使用人の中ではまだ全然下っ端の立場である。
使用人としても雇われている以上は、恋人という立場に甘んじず、啓介を支える人間の一人になりたいと思う。


そしてこんな自分が、暖簾分けした啓介の店を支えていけるのか――


「………くみ…?拓海………」

そんな思考にとらわれていた拓海は、ふいに自分の名を呼ぶ啓介の言葉に意識を浮上させた。

「あ、は、はい、何でしょう……啓介様―――
「…………また出た」
「えっ………」
「”様”。つけんなってんのに、つけてるし」
「あ………すみま、せ――――
「二人きりの時はなし、って決めているのになぁ…………」

くすくすと悪戯っぽく笑う啓介に、拓海はほんのりと頬を染めて視線を逸らす。そんな拓海の肩をそっと抱き寄せながら、啓介は耳元で甘い声音で囁いた。

「………もしかして、わざと言ってる?あんな約束したから……」
「っ、そ、な訳あるわけないじゃないですか……今までの癖で言ってしまうって何度も……」
「その割には抵抗はしねぇよな………拓海――――
「っ、ぁ…………」

抱き寄せた方の手がするりと、拓海の着物の合わせへ滑り込んでいく。そのまま啓介は拓海の顔を自分に向けさせ、その柔らかく赤く色づいた唇に自分のそれを重ねた。

「ん、ぅ………」

何度も啄みながら、合わせの中に入った啓介の手が少しだけ細めの肩から着物を滑らせて肌蹴させる。そのまま小さい突起にこりっと触れると、拓海の体がピクンと小さく跳ねた。

「ぁ、ん…………」
「二人きりの時には”様”はなし。もし言ったら……俺の好きにしていいって約束だよな」
「そ、なの……けぇす、けさ……が、んんっ!」
「俺が……何?」

拓海が反論しようとした瞬間、突起を摘まれて残りの言葉は喘ぎに消された。後ろから抱きこまれ、気がつけば足をゆるりと片膝を立てさせられ広げていた。
着物の合わせから垣間見える白く艶めかしい足に、啓介はそそられてもっと見たいと裾を勢い良く捲ってしまう。

「あ……っ、啓介さ…ん……っ!」
「相変わらず肌理の細かい肌してんよな………拓海は」
「ゃ……っ、あ…、」

肩に口づけ、そのまま首筋を舌で辿る啓介の後頭部を押さえるように後ろ手で手をまわすが、啓介にとってはそれはその先をも催促するものでしかない。
帯をそのままに、あられもなく着物が肌蹴落ちゆく拓海の体は、すっかり啓介が与える愛撫にほんのりと淡い桃色に色づきだしている。

やがて啓介の手のひらが内股をなぞり、しとどに濡れだしている前へと動いていくと、拓海は

「っ……あぁっ……」

と噛みしめていた唇を解いて甘く声をあげ始めた。

「ん、はぁ、けぇ……すけさ……そこ……」
「ん………もう、ぐちゅぐちゅに濡れてるぜ、拓海………そんなに感じてしまってんのか?」

何度も大きな手のひらで擦られて、拓海の自身は悦ぶようにさらにトロトロと愉悦を零していく。そんな愛液に塗れた指をそのままそっと固く閉じられている蕾に押し込めば、拓海はしなやかに背を反らした。
いやいやと頭を振りながらも、濡れそぼる蕾はヒクヒクと啓介の指を誘う。
そんな拓海に啓介はくす、と小さく笑みを浮かべると、もう片方の手で拓海の顔を自分に向かせて唇を貪りだした。

「んぅっ、んん………っ、ふ…」

いつの間にか唇を開き、舌を差し出している拓海の蕾には三本もの指がくちゅくちゅ出入りしている。
すっかり背後の啓介の胸にそのしなやかな体を預けてしまった拓海の姿は、薄明るい行灯の光の中で、得も言われぬ色気が漂っていた。


やがて苦しくなりだしたのか、拓海が眉を寄せて蕾をいじる腕をきゅっと掴む。

「はぁ……っ、け、すけ……さ…もぉ……」
「欲しい………?」

何が欲しい?と意地悪く尋ねる啓介に、ぱぁーっと顔を赤くしながら、潤んだ瞳で啓介を軽くねめつける。
そんな瞳にすら情欲を煽られ、啓介はさらに掻きまわしていた指でくく、と拓海の啼き声が上がる場所を刺激すると、拓海はあ、と小さく声を漏らして目を見開いた。

「………言わなきゃわかんないぜ、拓海…」
「ぃ、や、も………っ…」
「きついンだろ?奥、掻き回してやんから………言えって」
「ぁ、あ………ほし……けぇすけさ、の……つい、の………」
「………来いよ、拓海――――

濡れた赤い唇が紡ぎだした隠語に啓介はニヤリと笑みを浮かべ、拓海の体をくるりと自分に向かせ、腰を持ち上げて自身をあてがう。
着乱れたままの拓海が啓介の胡坐の上に跨って肩に両手を置き。

「ぁ……あ――――!!」

と細く甘やかな声をあげるのを聞いて、啓介は腰をしっかり掴んで大きく揺さぶりだしていった。







それから何度も体を入れ替えてお互いに思う存分貪り続け、やがて己の腹に何度目かの熱を迸らせた後拓海はそのまま意識を飛ばしてしまった。
はぁはぁと荒く息を吐きながらも意識が遠のいている拓海を見下ろし、啓介はその上気した頬にそっと手を這わせる。
拓海の表情には疲れが見えるものの、どこか満たされたものが浮かんでいるような気がして、啓介も柔らかく笑みを漏らす。



『一緒に歩いていこう』



拓海を取り戻したその日の夜。
愛しい体を抱きしめながら言ったその言葉に、拓海は啓介の肩に額を当てながらそっと頷いた。




今年も、そして来年も再来年も。ずっとずっと。


隣で、同じ速さで歩んでいこう。







「今年もよろしくな、拓海……………」



その言葉は深い意識の底に沈んでいる恋人には届かないけれど。
啓介は思いを込めて呟き、拓海のそのふっくらとした唇に自分の唇をそっと重ねたのだった。







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