BLUE SUNSHINE

恋人より一足先に社会人としての一歩を踏み出した拓海は、額に汗して毎日時間と仕事に追われている。 出社後爽やかにすっきり纏ったはずの制服は、退社間際にはすっかり縒れてくたびれる日々。
靴音だってずるずるいいそうな、生活強度も高めの部類に入る仕事に就く拓海からすれば、たとえ最高気温を塗り替えるような猛暑が来ようとも、するりと退避する場所を探せる恋人の夏は、それこそ羨望以外のなにものでもない。

けれど。そんな有意義な夏を目前に、溜めこんだレポート出さねばもらえぬ単位の恐怖に追い回された啓介は今、大学と家の往復を余儀なくされていて。
どこまでが本当なのかは知らないが、教授の目を盗んでかけてよこしたという電話の向こうの啓介は、先ほどからハラ減っただの死ぬだの助けてだの、そんな弱音でぐだぐだだ。

「おれ、今まだ配達中で、ほんとうは私用電話なんて見つかったらヤバいんですよ」

それに、そんなこと言いながらそっちはけっこう余裕で煙草、咥えてるんじゃないですか?

拓海が覚れば、ご丁寧に缶の置かれる音まで聞こえたものだから。
煙草に缶コーヒーに、それから携帯まで。
好きなもの一通り手元に揃えた啓介の、こんな中途半端な愚痴相手のために、こっそり路肩に車寄せてエンジン止めて、ハザード出して。
伝票見るフリまでしながら。
いったい自分はどうしてこの人ばかりをこうも甘やかしてしまうんだろうと、拓海は溜め息を零して。

「もう、切りますよ――――」

メシ抜いたって、水さえあれば簡単にくたばったりしませんからと拓海がつなげば。
減ってるって意味、違うんだよと啓介が返して。

「………逢いてぇ」

おまえで、腹。満たしてーな。

耳に届いた恋人の熱っぽい本音に、拓海の心臓がとくんと音をたてた。
向こう側で、ちゃんと頑張ったらくれよご褒美と、しくりと響いた獣の泣き声に。


「……いいですよ」

彼と自分と。
結局ふたつの心を宥めるように諌めるように。
伝票でそっと口元押さえるようにして、拓海が答えれば。


――――また連絡入れる。

啓介が呟いて。


電話はプツリと切れた……





それからの毎日、ほんとうに。
拓海の携帯には、時間も関係なしに奔放に、触れたいだのキスしたいだのそんな言葉を並
べた恋人からのメールが飛び込んでくるようになった。
それからあえて留守電を狙うかのような時間を選んで吹き込まれる、音が漏れてやしないかと周囲を気にしなくては聞けないような、直接的な響きが羅列したメッセージも保存されるようになれば、毎日送られてくる視覚と聴覚を刺激する啓介の言葉に、何度も逢いたいと惑わされそうになりながら、それでも邪魔は出来ないかなと律儀な理性も邪魔をし て。
手の中にあるその無機質な携帯電話だけが、拓海を甘く疼かせて。

おれだって、逢いたいよ。啓介さん。

履歴を埋め尽くす頃には、すっかり啓介のペースに乗せられ引きずられて煽られて。その結果がこれで。









互いの時計がようやく同じ時を刻むことを許された、
久々の再会は、梅雨明けの群馬を青く染める、雲の白さ際立つカンカンの空の下でもなく。焦がれた逢瀬は、高崎にあるエアコンでガンガンに冷やされた恋人の部屋のベッドの上で。






その頬を桜色に染めて。
昼間から不健康だの不健全だのぼやいたそのくちびると、キスはまだ?と薄くひらくそれは同じものだ。






余裕があるのか焦らしているのか。
出迎えてくれた恋人は、ご丁寧にドリップしたコーヒーをアイスグラスで出したりして。
ようやくベッドに腰を落ち着けたその膝のうえを迷わず選べば、まだなお、飲まねぇの?と勧め笑う啓介に、こんな時ばっかりヘンな気遣わないでくださいと、拓海は恨みごとをぶつぶつこぼしながら、それでも恋人のシャツのボタンを外すことは忘れず、剥がしかけている。


「こーゆーカッコでこんなコトしてるおまえが、不健全とか言うんだもんなァ」

しかもそんな濡れたくちびるで。なんかそれって誰が聞いたって矛盾じゃね?

見上げてくる啓介に、こんなご褒美強請ってきたのはどこの誰と、拓海は毒づく。
あんなメッセージ残しまくって、おれを煽って。

「だからこんなの、あんたのせいだ…」



リクエストとはいえ…
本日の恋人は欲情包み隠さず、腰を擦り寄せて真っ向勝負、時折ぐと押しつけてみたりと峠仕込みの荒っぽさなんかもちらつかせるから。

「なんか、煽ンの上手くね?」

どこで覚えンだろうな、そういうの。って、おまえ結構天然でもすげーか。驚かせるもんなー。

啓介が感心含んで覗きこめば、そろそろ集中してよと舌先で下くちびるをなぞられるから、お待たせと招き入れて、シャツの下にも指を潜り込ませて撫で上げて。

「――――んっ…」

舌を吸い取るタイミングに合わせて胸元のちいさな飾りも摘めば、ぷくりと立ち上がり、くちびるの間からもくぐもった甘い声が惜しげもなく零れだした。






グラスで溶けた氷が、カラリとひとつ音をたてる。



舌の動きに長い睫毛も揺れて、とろりと酔った拓海の手が恋人の鶯茶の髪のあいだを滑る間に。
ジーンズを足から抜く時間が少し邪魔になった啓介は、互いの前を寛げ最低限の領域を解放してから、窮屈そうなそれを抜き出して。
拓海の耳元で低く囁けば、拓海の手は素直に自身の既に熱に形を変え始めた昂ぶりを包んで、ゆるりと動き出す。

「……っ……っ…ん…」

啓介の視線を受けながらの自慰に、拓海のくちびるが零す甘いその音のなかには、時折苦
しげな色が混ざる。
膝の上で繰り返される、自分のそれより緩やかでそしてやわらかい、恋人のその方法を啓
介が愉しんでいる。

「おまえ、そういうペースなんだ?」

首筋から耳元に、舌先と一緒に辿られた啓介の静かな囁きに、腰がふるりと震えて。
自分だけが声を溢れさせていることに気づかされれば、途端に拓海の手が諦めそうになるから。

続けろよ。

啓介の節の強い指と掠れた声が身体を滑れば、たまらず拓海は恋人の肩口に一度額をつけて。
ちいさく息を詰めた後、白い指先が啓介の昂ぶりに伸びてそっと触れてゆるりと絡んで。

「……っ…」

それから更に深く啓介に腰を擦り寄せた拓海が、互いの裏側をしっかり擦り合うように包みこんで。
白い指をゆるゆると上下に蠢かせはじめた。
そのペースは物足りないどころか緩慢な分、拓海の熱や感触やその癖を、薄い皮膚を通してひどく敏感に伝えるから。

「…それって。おまえ、こんなン強請ったか?オレ…」
「……っ…はぁ…啓、介さ……あつっ…」

拓海がぱさりと頭を振って、摩擦の手に熱を帯びさせる。

「マジ…たまんねぇ」

可愛い顔した恋人がもたらした、予期せぬその濃い誘いに、啓介の息も荒く上がりはじめる。

「ダラダラじゃん。ヤバくねっ…」

拓海の手のなかで、彼の温度で質量を増した互いの先から溢れる先走りがその手を濡らして、音を響かせ始めれば腰もそろりと浮きあがるから。

「わり、舐めて」

啓介が拓海の目の前に左手を翳せば、躊躇わず肉感的なくちびるは開かれて。
指先を愛おしそうに一度甘噛み食むようにして、それから舌を丁寧に這わせてくる。
下への施しで息継ぎさえもどかしいなか、それでも啓介が挿し入れる長い指の一本一本に、丹念に唾液を絡ませた拓海そのくちびるに、よくできましたとキスをして。
それから啓介は拓海の後ろにつぷりと忍び込ませた。

「……ん…ぅ…っ」

浅く息を吐きながら逃しながら汗を浮かせて、拓海が低く泣くのはいつものことで、けれど久々に刺激を受けたはずの内側の熱さは、ずっとはやくて高くて。
啓介の指はすぐに奥まで許されてしっとり馴染むから。

「早ぇよ、なんか」

笑った啓介のくちびるに歯を立てて。もうそのままきてよと拓海が甘く強請る。

押し倒して剥がして引き抜いて。
すぐに赤くなるからと、あまり陽の下に晒すことのない拓海の肌が、今は啓介の下ですっかり染まって上気して、すらりと伸びた足も惑いもなく恋人の腰を捕まえにくる。


「啓、介さん……」

恋人の名前を呼ぶ拓海の胸元が浅く上がり、ひゅうと一度息を吸う。
均整のとれた啓介の胸のあたりに置かれた指先が白く染まって。
送られた合図に、ぎしりと音をたてて啓介が身体を沈めた。



苦しげに、浮かぶ汗の粒を払うようにシーツのうえで身体を泳がせる拓海の、額にはりついた栗色の髪を啓介の指が何度も撫でれば。



「…ねぇ……おれに…、…あいたかっ…た――――?」

おれは逢いたかったよ、ずっと。






奥まで許して、腰を揺らして。
熱に浮いた恋人が腕のなか、嬌声の合間に素直に零してくれた言葉が、熱い夏のはじまりを予感させた。

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